白石哲平2006



屋上ってのはガキん頃は『何とかは高い所が好き』って言われるように好きやった

でも、今オレがおるこの屋上の風はあまりに冷とぉて
雨が降り出しそうな雲があまりに下に垂れすぎよって、嫌いというか咽せるみたいに嫌や

「・・・息、つまりそうや−−−」
いっそオレの息止めてくれても構まへんって、そんな事すら思わせる

あないな事あって
オレ・・・顔向かい合わせて話す事なんてこの先できへんのやないかって
それならオレがここにおる理由・・・もうあらへんかもしれへんくて





「何やってんのよあんた」

突然人を馬鹿にしたような声がすぐ真後ろからしてビクッとする

強く巻き上げる風が声の主の匂いをオレん所にも運んできて
一瞬クラっとしてまう

コツコツと近づいてくる足音はするのに、その気配に動きが少なくて
一瞬夢か現か判断できへんくなる


それもこれもきっと今んオレの精神状態が災いしてんやろな


フェンスに向かい合っていた自分の向きをゆっくり扉の方に向けると、
いつもと変わらへんオーラの人が呆れた表情で立っていた



今日起こった事
それがオレを握りつぶすように暗闇に突き落とす





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 負けられない −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「ねぇさん、悪いけんど今オレ・・・」 あんたと対面できる程気持ちに余裕ない というよりか、ほんまはねぇさんにかて謝らなあかんかもしれへんくて ごめん すまん ほんま堪忍や 謝って済む問題とちゃうやろけど でも、それでもオレがちゃんとしとればこんなことにならへんかったんは解っとうて 「で?あんたがそんなに落ち込んでる理由は何?」 −−−−−−−−−−−−−−−−−っ!? 「ちゃんと本人と話ししたんでしょうね?」 「・・・あぁ−−−いや、・・まだ寝てるし・・・会うつもりないですわ」 「なんでよ?あんたを責めるとでも思ってんの?」 「いえ・・・あいつは−−−恭ちゃんはそないな事するようなヤツやないって・・・ それはねぇさんもオレ以上に知っとるんやないですか」 「じゃあ何で今こんな所にいるのよ?」 「・・・それっ−−−は」 −−−−−−−−−− なんて事ない日常にこそ、危険は付いて廻る物で いつもみたいにただの素行調査かと思っとうて それでもそないな簡単な偵察にオレを同行してくれたんは、 神様がほんまはオレがやらなあかん事がこの先にあるって・・・ 教えてくれとうたんやろ なのに なのに なのにっ 『危な−−−っ哲平っ!!!』 『−−−−−−−−っ!?!!』 気づいた時には背中を真っ赤にした恭介が、まるで物のようにオレん前に転がっとった 今まで何度も直面した危険 オレには・・・オレ達にはそれを予測する手立ても、 それに遭遇する確率計算も事前にできる範囲の範疇だったはずやのに−−−っ!!! 『恭ちゃんはオレが守ったるから、オツムの運動だけしとればええの』 『なんだよそれ、俺が自分のことも自分で守れない頼りない男みたいじゃないか』 『女王2号なんやし、得手不得手ってのあるやろ?』 『後半は納得いくけど、前半は全っ然納得いかねー』 そう言って怒ったような笑った恭介の顔が今でも鮮明に思い出せるのに その笑顔がオレん目の前で散ってしもうたんや いや・・・オレが散らせたんや−−− ばかやオレ 何が守ったるや ほんまに恭介危ない時、オレは目の前におってもなんもできへんかった オレん目の前で背中崩れるようなこと、絶対あらへんって、自分で守るってずっと思っとうたのにっ!! 「・・・・・・・・・約束した訳やないけど、それでもオレが近くにおるのに手もだせへんかて、 それどころか逆に守られてもうて、おまけにあいつあないに血ぃ流して−−−!! そないなことさせてもうたオレが今さらどの面下げてあいつに会えばええんですかっ!!!」 自分に対する怒りのはずが、ねぇさんに対する怒りのようにどんどんどんどんドロドロした感情が口から吐き出されて、 それが更にオレのムカツキを助長させる 「よくねぇさんそないに冷静でおられますね」 「・・・・・」 「助かったとは言え、ねぇさんの血を分けた弟が身体のどれだけかの血ぃ抜かれてもうたんですよっ!!?」 責めて欲しいと今ほど思うたことはない オレの言葉は今支離滅裂どころか八つ当たりに近くて きっとこの後ねぇさんから来る言葉は罵倒に違いないんやって、そう思うと楽んなれる 本人も、周りも、誰も彼もが責めへんくて なのにオレだけのうのうとしてるんはどう考えてもおかしいやろ?! なんでお前がおってこないなことになったんやって はよ、責め 責めてくれや 責めて欲しい オレがダメなヤツってこと もう『守る』なんて言葉、口に出すことできへんくなるまで、完膚なきまで叩き込んで欲しい ねぇさんしかそないな事言うてくれそうにない・・・・・ せやからねぇさん、頼むわ 「最初に聞きたいんだけど、悲劇のヒーローごっこにいつまで付き合えばいいの?」 「・・・・・・・・・・・・・・、な・・んや−−−と」 そう思うたオレん耳に届いた言葉はオレの期待とは全く遠い音だった 自分の声、振るえてんのがよぉわかる程オレの全身が震える 「『オレが守らなあかん』?『側におったのに』? あんた何眠たいこといってるのよ、薄ら寒い」 「何ゆーてんのか・・・自分わかってるんか」 夕方になり屋上の冷たい風が更に冷たさを増したはずなのに オレん体が煮えたぎるように熱くなる 「あまりの眠さであくびもでないわ、立派立派 あんたも恭介も何かあるとすぐ『自分が不甲斐ないばっかりに』みたいな言葉使って戦隊モノでも見てるつもりなの?」 「−−−黙れ」 この女は誰や オレのよぉ知っとる女の皮をかぶった別人やろ もしこれが本人やったらオレは今までずっとこないな事言う最低な女の事慕っとうたって事か 「あんたが何言っても現状はかわらないの 恭介は倒れたし、あんたは何もできなかった、それが現実、それだけの事じゃない」 「黙れやこのアマっ!!」 なんやこの女は そない事実やなんやって、それによって恭ちゃんが−−−あんたの弟が死んでしまうかもしれへんかったんやで!? それなのに−−− 「あんたはあの場におらへんかったからそないな事言えるんや!!」 怒りとむかつきと自分への情けなさなさでオレは女の胸倉を掴み引き寄せる 「オレん辛さや怖さはあんたにはわからへんやろ」 ああ、そうか 恭介が何年か前一番辛かった時、一番苦しかったんはこれなんや 誰にも理解されなくて、責められもせず、ただ事実のみを押し付けられて 助けられなかった辛さとか、あん時オレもわからへんかったし オレはオレで違う意味で助けられへんくていっぱいいっぱいで 誰も自分を理解してくれない辛さ 当事者にしかわからない恐怖 それがやっとわかった気ぃするわ ふっとねぇさんに−−−この目の前の女に掴みかかった時頭にそんな思いが沸いてきて ずいぶん前の恭介の気持ち理解する でも今更わかってんねや ごめんな・・・・ もっとはよ気ぃついとったらこない同じ轍踏まへんかったやろ 悪かったな、恭介 ごめんな、すまんと何度も何度も頭ん中で連呼する 「−−−それで気が済むわけ」 「なんやと?」 そんなオレん心中知らんと目の前の存在が風を読むように静かに口を開く 「なら一生閉じこもって自分自身を責めて・・・ヒーローきどってなさいな」 「!!っんのアマぁ!!!」 今まで女には手ぇ上げたことなかった 上げる必要すらなかった けど、今の言葉 オレを剔る、恭介の傷をなんとも思わへんようなこの冷酷な言葉を浴びせるこの女に初めて手を出そうと拳を振り上げる 「−−−−−−−−−−っ」 「−−−−−−−−−−」 「−−−−−−−−−−っ」 「・・・・・・・・・殴らないの?」 けど振り上げた拳がそのまま止まってしまう 相手が女だからやない その目・・・瞳がオレをまっすぐに見ていたから 冷めているのに曇りのない目ぇが何かを訴えていたから 「なん・・・っで、そないな目ぇしとんのやっ」 「はぁ?」 「なんでそないな恭介を思わへんような事ばっかり言うんやっ!?」 「・・・・・・・・・・・・あんたがあまりに馬鹿だからよ」 −−−−−−−−−−− 変わりにオレん方が風になぶられて、上げたものの行き場のない拳がぶるぶると震える 「さっき・・・目、覚ましたわ恭介」 「・・・・・・・・・・え」 「あんたの名前だけ、呼んだのよ−−−麻酔切れてまだ頭朦朧としてるはずなのに、ね」 きょ・・・ちゃ、ん? 「なのにあんたは何? 救えなかっただ、もう会わないだって、 一番側にいてほしい時にいてくれない相棒を持った恭介の方がよっぽど辛いんじゃないの?!」 −−−−−−−−−−−−− 「そん・・・な」 「そりゃあんたは目の前で守りたかったもの守れなくて痛い思いをしたかも知れないわよね でもアタシは?京香は?・・・飲んだくれたあの中年おやじも、側にすらいなかったのよ?」 −−−−−−−−−−−−−−っ!! 「名前も呼んでもらえなかったこっちはどうすればいいのかって聞いてんのよっ」 −−−−−−−−−−−−−−っ!!! 冷静だったはずのねぇさんの言葉が徐々に乱雑になる まっすぐな視線は変わらへんけど、眉が歪んで 「知らないところで倒れられる方のこと、あんた考えたことあるの?!」 −−−−−−−−−−−−−−っっ!!! ついにはその目尻からじわり涙が頬を伝わっていく 「あんたのはただ単に逃げてるだけじゃないのかってゆってんのよ、このバカっ!!」 逃げ・・・る? ああ・・・そうか、これ逃げ、なんか そ、なんかも知れへん、な 逃げて、会わなければ責められへんから 責めて欲しいなんて言うとるくせに、オレほんまは責められたなかったんや−−− 恭介にあった事、自分のショックと傷で隠してまうところやった・・・ ああ、オレほんまねぇさんの言う通りバカや バカでバカで大バカや あかん、なオレ 失格や 全てにおいて失格なんや最初から 守る、やなんて簡単に言うてまったことすら失格や なのに更にねぇさんにこないな事思わせてしもて そんなオレが今言えること、やれることはこれしかないんやろな 「す・・・・すんませんでした、甘えたことゆぅて」 振り上げたままの拳を降ろし、変わりにその指でねぇさんの頬を伝う水滴をすくう 「オレが中心になったストーリー捏造しててんな」 それを握り込み誓う 「ねぇさん泣かせて悪う思うけど・・・そか・・・呼んでくれてんねんな、恭ちゃん」 「そうよ」 これから、−−今から全力で全てに立ち向かう オレの不甲斐なさが招いた結果も 自分の弱さも、情けない思いも ねぇさん達の辛さも 受け入れる事も請け負うこともできへんのはようわかったから もう一度やり直す んで、今度こそ逃げるとかやのうて、全てを正面から直視して、次やること、やれることを一緒に探すんや 「ねぇさん・・・オレ」 「なによ、早く行きなさい」 逃げへん 「はい、−−−これからも一緒におったってください」 「はいはい、いいから行く、恭介、待ってるわよ」 「後からねぇさんも来てくださいね」 「あんただけで充分なんじゃない?見習い探偵なんだからっ」 「また、そないな事言うて、泣いてまで心配してはったくせに」 「あんたねぇっ」 負けへん これから何があっても、負けられへん 「これでもねぇさんがおってくれてよかった思うねんで?」 「さっき殴ろうとしたヤツの事なんて信じられると思うの?」 「まいったなぁ、ほんま堪忍してくださいよって」 自分自身に こんなオレに活入れしてくれたねぇさんの為にも オレを助ける為に傷を負ってしもた恭介の為にも 負けられへん、そう強く思うし本当の意味で強くありたいと思うた 屋上の扉を開け一瞬振り返って 「ねぇさんの泣いた顔が結構かわいいなんて事、口外せえへんって事だけは信じてくださいね」 「−−−!!哲平!?」 バタンと重い扉が閉まる音を確かめた後 オレは待ちきれへんくて階段を2段飛びで駆け下りる 恭介 恭ちゃん−−− ほんまは会いたい 会って話して、謝って んで、また甘えなんやろけど恭ちゃんの顔見てまだ一緒におってええんか確認したい オレを呼んでくれた恭介相手だからこそ 自分自身に今度こそ負けへんように努力するって恭介を前にして自分自身を戒めて 一緒に進んでいってええって自分で感じ取りたい 負けられへん相手はいつも自分中におる 結局はそういうことやな これからが色んな意味で大変なんやろけど ・・・恭介自身が一番大変なんやろけど 自分に負けへん それだけは変えられない事実んなって 万が一にでも次なんか起こさせへんと祈りにも近い思いで オレの弱さをこんな方法で見させた恭介と、まだ一緒におりたいと 病室の扉を開ける 「恭ちゃん・・・?」 カーテン越しに見えた恭介の顔はいつもと同じで柔らかいものだった 2006/03/23 お題提供>>こちら(Divina Commedia)

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